地方に進学した東京出身の女子大生は私

大学進学を機に18年間住んできた東京から大分県に引っ越しました。

Twitterのアプリを消したハナシ。

2011年の7月に私はTwitterにアカウント登録したらしく、

ぽつりぽつりと呟いたり、リプライをしたりしてもうすぐ2万ツイートってところでした。

(一度全ツイート消した記憶もあるかた、もっとツイートしているかも)

 

 

Twitterを始めた時は、震災の情報を収集したくて始めたのですが、今ではただの娯楽になっていました。

遠くに住んでいる友達の近況を知るのも、教室変更や休講情報も、芸能人の結婚も・・・何でもかんでもTwitterから情報を得ていました。

むしろそれが当たり前でした。

 

しかし最近のTwitterは私が始めた頃とは全然違う。私が始めた時は友人もほとんどアカウントを持っていなくて、テレビ番組と連動したりするなんてありえない時代でした。

でも今は誰でも持っている。一人2個も3個も持っている。実際私も4つも持っていました。笑 使っているのは2つだけれど。笑

 

 

今は多くの友人がTwitterのアカウントを持っていて、大学入学時の友達作りはTwitterで行った(おこなった)のを覚えています。Twitterで「○○ちゃんとは一生の親友になれるね〜♡」と言っていた大学の知人がその子と話しているのは一度も見たことがありません。笑

 

 

そんな感じで多くの友人が使っているTwitter。本当に面白いもので私も大好きでした。便利だったし。

でも最近すごくすごく胸が締め付けられる気がしていて、少し悩んでいました。

多分それは言葉の責任感が無くなることにあるんだと思います。

 

 

ある日見たツイート。

「あいつは男に媚び売っているのみんな知っているんだよ。一生ああやって世渡りしていくんだよね。」っぽいツイート。(ぽいツイートなだけで、そのままの文章ではありません!)

これって「誰」ってことを書いているわけではないけれど、これを見ることによって、「もしかしたら私のことを言われているのかもしれない」とあることないことを不安に思ってしまうのが人間。

ツイートしている本人からしたらたった1人の人間を指しているのかもしれないけれど、見ている不特定多数の人からしたら、自分のことだと思っても不思議ではないことだと思うんです。

 

 

最近こういったツイートを見る機会がぐぐ〜っと増えて、それは友達だけではなく、ちょっと有名な人とかもこういう書き方をしている人が増えていて、言葉に対しての責任感がないなと思いました。

 

 

実はこれ、中学時代に流行った「リアル」でもあって、全校集会で先生が「名前を出さなくてもネット上に人の悪口を書くな」といったのを思い出しました。書いている本人は「さあ悪口を書こう!」と思って書いていなくても、読み手からしたら悪口に感じてしまうこともあるんですよね。

 

 

多分SNSが流行したこともあって、普通の発言も責任感がなくなってきたのではないかと思っています。

今、当たり前に「キモい」「ブス」「ばばあ」「うざい」「死ね」などの言葉をだれでも簡単に発しますが、これらの言葉って悪口であって、言っている本人からしたらSNSと同じように「さあ悪口を言おう!」っていう感じではないのだろうけれど、これも列記とした悪口。本当に誰もが言葉の責任感がないと思います。

 

 

って言っても私もぽろっといってしまうこともあるのですが、標準語で話しているだけで「あけのは怖い」と言われることが多いので、気をつけるようにはなりました。

 

 

ということでTwitterのアプリを3日ほど前から消しました。アカウントは消してません。また復活したいと思っているからです。でも消したことにより余計な情報を得ることがなくなったので心が軽くなりました。

なんでこの時期に消したのかというと、実は夏休み中から消したかったのですが、履修登録や新学期の教室検索のために活用できるツールなので、夏休みを開けてから1週間後の日曜日に消しました。笑

 

 

消したことにより不便さは暇つぶしがなくなったということくらいで、今は便利でLINEとかもあるので、正直全然問題ないです。代わりにツムツムが捗るようになりました。笑

 

 

いつまで続くかはわかりませんがひとまずご報告でした。

田舎に住んでいるとデジタル機器がなくても楽しめることがたくさんありますよ。だから本当は1週間くらい一度携帯を手放してみたいんですけど、それは今の時代少し難しいみたいです。